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2016年ゴジラ映画29作目が公開。新宿歌舞伎町に実物大ゴジラも出現 [映画]

ゴジラが帰ってくる!

東宝が2014年12月7日に発表!!
スポーツ新聞がゴジラ復活のニュースを
一斉に報道しました。

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※ 出典:2014年12月8日 サンケイスポーツ


ゴジラシリーズ通算29作目となります。
待望の最新作は2016年。
12年ぶりに公開されます。

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※ 出典:2014年12月8日 サンケイスポーツ

2004年に公開されたシリーズ28作目
「ゴジラ FINAL WARS」

これによって、長年続いた名作シリーズも終焉
したとだれもが思いました。
事実、東宝もそう発表していたように記憶しています。



そもそもゴジラの映画が初公開されたのは
1954年11月3日

ハリウッド版のGODZILLAはちょうど
生誕60周年を記念して制作され、
2014年夏に公開されるや、アメリカ国内に
とどまらず63もの国や地域で上映され、
世界中で怪物級のヒット作となりました。

その興行収入は日本国内だけでも32億円。
全世界で570億円以上を稼いだそうです。

ハリウッド版の爆発的なヒットが、
本家・日本の東宝本社のハートに火をつけたのも
当然と言えば当然でしょう。
指をくわえて見ているはずがありません。


東宝社内ではすでに
「ゴジラ戦略会議」(通称・ゴジコン)が
発足しているそうです。



ハリウッド版ゴジラの第2弾は、
2018の公開が決定。

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※ 出典:2014年12月8日 スポーツニッポン

日本のアニメは世界中から認知されています。
実写版の映画についても高度なCG技術を駆使すれば、
ハリウッド版以上の作品を作ることも可能なはずです。

さらに朗報があります。
「最も長く継続しているフランチャイズ映画」
としてギネス社に認定されました。

そして2015年4月、新宿・歌舞伎町にオープンする
新宿東宝ビル

旧新宿コマ劇場の跡地に都内最大級のシネコン
「TOHOシネマズ新宿」が入ることになるが、
なんとこのビルに等身大のゴジラが誕生、
東京都民ににらみをきかします。

20141208godzilla2a.jpg


※ 出典:2014年12月8日 スポーツ報知

新宿東宝ビルの8階屋上テラスにゴジラの頭部
「ゴジラヘッド」が設置。
夜はライトアップされて、口と背びれが光る
との情報も。

ビルの高さ40メートルの屋上に12メートル。
あわせた高さは、ちょうど初公開されたときの
ゴジラの身長50メートルに匹敵します。

つまり実物大のゴジラが都内に出現するわけです。

ゴジラヘッドのモデルは、シリーズ19作目
1992年12月12日公開の
「ゴジラvsモスラ」
のゴジラをモデルに製作にとりかかっています。

2015年4月、
東京に新たなランドマークが誕生します。

新名所として、浅草寺の雷門に匹敵するくらい
外国人観光客からも人気スポットとなることは
間違いないでしょう。

ゴジラヘッドをバックに記念撮影する人たち
で、大混雑すると思われます。

ところで29作目のゴジラに
ブチ壊されるのは一体どこでしょうか?

出現する都市は東京で決まりでしょう!
東京スカイツリーはその最有力候補でしょう。

2020年東京オリンピックのメイン会場となる
新国立競技場も候補のひとつですね。

注目される豪華キャストは
ハリウッド俳優・渡辺謙と杏の親子競演はあり得るのか?

主演はいったい誰がつとめるのか?

気になる挿入歌の作詞は? 作曲は?

ミュージシャンは?

日本版なので、
ここは絶対に日本人にお願いしたいところです。

登場する怪獣は?
キングギドラ? モスラ? それとも新キャラクターの登場?

想像するだけでワクワクしてきました。

ゴジラを見て育った昭和世代の男としては、
2016年、ゴジラの公開が待ち遠しくてたまりません。

今夜も眠れない夜を過ごしそうです。

ではまたお会いしましょう




高倉健に続き菅原文太も死去。昭和は遠くなりにけり [映画]

俳優の菅原文太さん死去のニュースが、師走の日本列島を駆け抜けました。

2014年11月28日午前3時。
転移性肝がんによる肝不全で81歳でした。

先日、高倉健さんが亡くなられたばかり。
昭和を代表する俳優の相次ぐ訃報には、本当に寂しさが募ります。

高倉健さんの「幸福の黄色いハンカチ」が、つい先日、日本テレビ系
で放送されました。

これから年末にかけて、菅原文太さんの追悼番組もお茶の間(死語やね)
で見られることでしょう。

菅原文太さんの主演映画の代表作としてまず頭に思い浮かぶのは
「仁義なき戦い」でしょう。
1973年〜1976年(昭和48年〜昭和51年)まで、
合計8作品が東映からシリーズ化されました。
松方弘樹さんとの共演作品。


広島でのヤクザ同士の抗争を描いたこの作品。
作家・飯星晃一さんの原作をもとに映画化されました。

派手な撃ち合いや、日本刀を振り回すシーン。
当時はまだ小学生だった僕にとっては、
怖くもありカッコ良くもありました。


高倉健さんの任侠映画のときもそうでしたが、
いわゆるヤクザ映画を見終わったばかりの客には、
まだビンビンに余韻が残っているんですよね。
映画館を出るやいなや、肩をいからして風切って街中を歩いてききます。

ウソのような本当の話。
よく漫才のネタになったりしてましたが、
昭和のオジサンって、単純な熱い男が多かったんだと思います。

私の実家近く。
堺東銀座通り商店街で、当時堺市立錦小学校の生徒だった僕が見た光景です。
コブクロのお二人がここで出会うはるか昔です。
いわゆる“昭和の原風景”でした。

この「仁義なき戦い」を見てから「広島弁=ヤクザ」のイメージが定着
してしまったのではないでしょうか?

僕の頭の中にも完全に刷り込まれてしまいました。

そのことを広島出身の僕の友人に話しますと、腹を抱えて笑われました。
もちろん、広島の人はあんな怖いおじさんばかりではありません。


今では「SPA!」とタイトルを変えている「週刊サンケイ」
飯星晃一さん原作のこの作品が連載されました。

「週刊サンケイ」といえば、「平凡パンチ」と並ぶ昭和を代表する週刊誌
のひとつです。
梶原一騎原作の「カラテ地獄変」が連載されており、
主人公・牙直人や極真空手の大山倍達館長をモデルにした大東徹源・テツダイトー
らのお話には、グラビアページの写真と同じく興奮しっぱなしでした。


愛川欽也さんと共演した「トラック野郎」シリーズ。
1975年〜1979年(昭和50年〜昭和54年)までの期間、
10作品が同じく東映から上映されました。

もちろん昭和の熱い単純なオジサン方が影響を受けないはずはありません。

長距離トラックの運転手さんらが、ダンプカーに派手な電飾をとりつけて走る姿、
いわゆるデコトラは街中で普通に見ることができました。
運転席ではカースレテオをガンガン鳴らしています。

全開した車窓から大音量で流れる演歌。
たとえ真冬であっても聴く事ができました。

タミヤの戦車作りに熱中していた僕は、このトラック野郎のプラモデル作りに熱中しました。

ガンプラはまだこの世に存在しておらず、「機動戦士ガンダム」の第1回が放送されるのは
1979年(昭和54年)4月7日のことです。


高倉健さん、菅原文太さん。

お二人のご冥福を心から祈ります。

昭和を代表する名優が亡くなるにつれ、
懐かしい昭和という時代がどんどん遠くなっていく気がします。



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ミスターベースボール・高倉健さんとナゴヤ球場の思い出募集中 [映画]

今朝のテレビは高倉健さんの追悼番組一色でしたね。


NHKも「マッサン」が終わってからすぐの「あさイチ」
で高倉健さんの追悼特集を放送していました。

ちろん民放は、どのチャンネルを視ても、高倉健さんです。


MBS「いっぷく!」
ABC「モーニングバード!」
関西テレビ「とくダネ!」
読売テレビ「スッキリ!!」


その中でテレビ東京系列のテレビ大阪では、子どもたちのために
「セーラームーンR」を放送してましたね。エライ!


僕が見た高倉健さんの映画の中で、昨日のランキングにカウントし忘れていた作品があります。

「ミスターベースボール」

たしかハリウッド映画で外国人が監督されていたように記憶しています。


ナゴヤ球場すぐ近くのマンションに住んでいた僕の友人。
彼が「ミスターベースボール」という映画について語ってくれた話を
おぼろげながら思い出しました。


ユニフォームは中日ドラゴンズのホンモノ。
エキストラには大量の名古屋市民が参加して、みんな協力的だったこと。
すぐ近くにあった「二つ玉」という味噌煮込みうどんのお店が繁盛していたこと。
はるか遠くの方でナマで見た高倉健さんは、オーラが漂っていて迫力があったこと。
などなど…


僕のような大阪人からすれば高倉健さんの映画で真っ先に思い浮かぶのが「ブラックレイン」
なんですが、名古屋市民にとって「ミスターベースボール」は忘れられない映画なのでは
ないでしょうか。


もう20年以上前のお話。あやうく記憶の彼方へ消えていってしまうところでした。
ファンの方、名古屋の方、ごめんなさい。


映画の詳しい内容につきましてはTSUTAYAでレンタルされるか、
Amazon等でDVDを購入されるかなさってくださいね。
Googleで調べてみてから映画のあらすじがわかりますが、
見る前にネタバレするのもなんですし…


「ミスターベースボール」の高倉健さん演じる監督は、
中日ドラゴンズのユニフォームを着用して、いわゆる不器用なイメージそのままに
演じていたように思います。
外国人から見た日本人のイメージって、朴訥なあんな感じなのではないでしょうか。


今は本拠地がナゴヤドームへ移ってしまったために、ナゴヤ球場では
2014年11月19日現在、おもにウエスタンリーグや二軍の練習場
として使用されています。


ナゴヤ球場といえば、プロ野球の歴史に残る名勝負として語り次がれる
1994年(平成6年)10.8の中日−巨人戦。

昭和48年の中日−阪神戦では大砲万作が場外
ホームランを放った思い出の球場です。

新大阪へ向かう番場蛮らジャイアンツナインを乗せた、新幹線0系
ひかり号の上を特大の打球が通り過ぎていったのは「侍ジャイアンツ」
を見て育った世代なら、誰でも知るお話です。


なんだか話が変な方向にそれていきましたが、
そんなナゴヤ球場を中心に撮影された「ミスターベースボール」
撮影時の高倉健さんに関する思い出をご存知の名古屋市民ってけっこう
いるはずです。


もしご存知でしたら、どなたか教えてください。
お待ちしていますね。

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追悼・高倉健さんの思い出の代表作ベスト10は? [映画]

俳優・高倉健さんの訃報には驚きましたね。


お昼のNHKニュースのトップでやってました。
悪性リンパ腫だったんだそうです。
83歳。
11月10日には亡くなられていたとのこと。


お悔やみ申し上げますとともに、慎んでご冥福を心からお祈り致します。

高倉健さんといえば、2013年には文化勲章を受賞をするなど日本を代表する映画俳優です。
出演された映画の代表作ベスト10ってどんな順位になるのでしょうね?

ハードボイルド劇画「ゴルゴ13」のモデルになったそうで、実写版が映画化された
時にはもちろん、主人公のデューク東郷役で主演だったようです。

高倉健さんに代表される映画ってどんなのがあるのでしょうか?
特に映画に詳しいわけではない僕だって、色々と思い出の映画があります。


1位「幸福の黄色いハンカチ」
中学生の頃、学校の行事で実家近くの堺市民会館まで見にいきました
武田鉄矢さんのコミカルな役柄、桃井かおりさん、ラストシーンで何十枚
もの黄色いハンカチがたなびいているシーンが印象的でした。

2位「ブラックレイン」
松田優作さんの遺作となったこの映画では、古き良き堅物の日本人といった刑事役で
大物ハリウッド俳優・マイケル・ダグラスと共演していました。
僕が生まれ育った大阪を舞台にしており、クラブミヤコとしての道頓堀KPOキリンプラザや
新御堂添いに存在したゴルフの打ちっぱなし、その背景にあった仁丹の広告看板、
新日本製鉄堺製鉄所…
大阪の街のカットがふんだんに使用されていました。

3位「八甲田山」
「天は我々を見放した…」が当時の流行語になりました。
耐寒登山で上った、金剛山ではクラスメイトがこのセリフを連発していました
明治時代の日本陸軍による雪中行軍訓練での遭難事故を描いた映画でした。

「鉄道員(ぽっぽや)」や、「網走番外地」などの任侠映画シリーズが出てこないのはなぜか…?

それは単に僕が見たこと無いからです。
「高倉健さんの思い出の代表作ベスト10」といいながら、3位までしか書いていないのはそのためです。
ごめんなさい。


あなたにとっての「高倉健さんの思い出の代表作ベスト10」はなんでしょうか?

しばらくの間は高倉健さんの追悼番組や、追悼の映画がテレビで特集されると思います。

ぼくもこれを機会に日本を代表する名俳優の作品を見てみようと思いました。
まずは今夜。帰宅途中にあるレンタルビデオのTSUTAYAへ直行です。
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